消防士の視点

マンションの避難器具|元消防士が教える「隔て板は破っていい」と煙から離れる判断

※ 本記事にはアフィリエイト広告が含まれています。紹介する商品は、執筆者が現場経験をもとに調査・検討したうえで掲載しています。
火災のとき、マンションのベランダで手を振っている人がいます。逃げ道を探して、そこで止まってしまった人たちです。

僕が現場で見てきたのは、この光景でした。

その人たちは、あきらめたわけでも、油断していたわけでもありません。逃げようとして、そこまでしか行けなかったんです。

理由があります。そして、知っていれば違う結果になったかもしれないことばかりです。

💡 この記事はシリーズの3本目です

マンションには、住民が使う可能性のある消防用設備がいくつもあります。でも、その使い方はほとんど知られていません。
1本目は自動火災報知設備、2本目は屋内消火栓でした。今回は避難器具です。

まもる(worry) まもる

ベランダに逃げたら、そのあとどうすればいいんでしょうか。

ケン(nod) ケン

そこで止まってしまう人が多いんだ。ただ、その前に確かめてほしいことがある。そもそも、避難器具がないマンションもあるんだ。

この記事でわかること

ベランダで手を振る人たち

正直に言うと、僕は住民の方が避難器具を使って逃げている現場を、ほとんど見たことがありません。

代わりによく見たのが、ベランダに出て、手を振っている人です。

部屋に煙が入ってきて、玄関から出られない。だからベランダに出た。でも、そこから先に進めない。

そういう方に、消防隊はこう声をかけます。

「その板、蹴破ってください。隣に移ってください」

そう言われて初めて、あの板を破っていいと知るんです。

そもそも、避難器具がないマンションもあります

先に、いちばん誤解されやすいことを書きます。

すべてのマンションに避難器具があるわけではありません。

避難器具は「マンションなら必ず付いている設備」ではなく、建物の条件によって設置が決まるものです。

設置が義務づけられるのは

消防法施行令第25条では、共同住宅の2階以上の階または地階で、その階の収容人員が30人以上の場合に義務づけられます。

つまり、小さなアパートや小規模なマンションには、そもそも設置義務がありません。

義務があっても、免除されることがあります

さらに、消防法施行規則第26条に免除の規定があります。直通階段が一定の構造であるなど、条件を満たせば設置しなくてよいとされています。

階段で安全に逃げられる建物なら、避難器具はいらない——そういう考え方です。

⚠️ だから、事前の確認がいちばん大事です

火災のときに「避難器具があるはず」と思ってベランダに出て、実際にはどこにもなかった——これがいちばん困ります。
自分のマンションに避難器具はあるのか。あるなら、どこか。これを平時に知っておいてください。確認の方法は記事の後半に書きます。

ない場合は、逃げ方が変わります

避難器具がないマンションなら、逃げ道は階段です。そして階段が煙で使えないなら、煙から離れて助けを待つことになります。

これは悪いことではありません。そういう設計の建物だ、というだけです。大事なのは、自分の家がどちらなのかを知っておくことです。

なぜ、そこで止まってしまうのか

避難器具があるマンションでも、そこまでたどり着けない人がいます。理由は2つ。どちらも、住民の責任ではありません。

① 避難器具は、全戸のベランダにはない

これがいちばん大きな誤解です。

避難はしごや避難ハッチは、すべての部屋のベランダに付いているわけではありません。

設置個数は、消防法施行令第25条で収容人員100人ごとに1個と決められています。耐火建築物で避難階段が2つ以上あれば、200人ごとに1個です。

つまり、100人規模のマンションに1個という単位です。各階に1か所、あるいは数か所。自分の部屋のベランダにある可能性のほうが低いのです。

② そこへ行くには、隔て板を破らないといけない

避難器具のある場所まで移動するには、隣のベランダとの間にある板を通らなければなりません。

でも多くの人は、あれを「隣との仕切り」だと思っています。プライバシーのための壁だと。破っていいものだと知りません。

だから、そこで止まります。

⚠️ 止まってしまうのは、知らなかったからです

逃げ遅れた人が「油断していた」わけではありません。目の前に道があるのに、それが道だと知らなかった——それだけです。
だからこの記事を書いています。知っていれば、選択肢が1つ増えます。

隔て板は、破っていい

はっきり書きます。

ベランダの隔て板は、非常時に破って隣へ移るために付いています。

プライバシーの仕切りは、ついでの役割です。本来の目的は、ベランダを「行き止まり」にしないこと。玄関が使えないときの、もう1つの逃げ道を確保するためのものです。

だから、破っても弁償を心配する必要はありません。火災で使ったなら、それは正しい使い方です。

まもる(surprise) まもる

あの板、壊していいものだったんですね。ずっと隣との壁だと思っていました。

ケン(think) ケン

ほとんどの人がそう思ってる。だから火事の日に初めて知ることになる。今日知っておいてほしいのは、そこなんだ。

ただし、破れないこともあります

ここは正直に書きます。「蹴破れる」と言い切ると、危ないからです。

隔て板は、風で飛ばされない程度の強度を持たせてあります。台風のたびに壊れては困るからです。

そのため、メーカーの資料にもこう書かれています。

小さなお子様や高齢者の力では、なかなか蹴破ることができません

力の弱い方には、難しいことがあります。 これは知っておいてください。

破らないタイプもあります

一方で、新しいマンションには蹴破らない隔て板も増えています。

タイプ使い方
蹴破り式板を蹴って破る(従来型・いちばん多い)
開閉式押すと扉ごと倒れる。約10kgfの力で動くものもある
ジッパー式引いて開ける。割れた破片が残らない

高齢者向けのマンションでは、開閉式やジッパー式が選ばれています。

💡 自分の家のタイプを、今日確認してください

ベランダに出て、隔て板を見てください。たいてい、使い方が書かれています
「蹴やぶって隣戸へ避難できます」なのか、「押して開けてください」なのか。読むだけで1分です。

いちばん大事なのは、煙から離れること

ここが、この記事でもっとも伝えたいところです。

避難器具を使うことが目的ではありません。

火と煙から離れて、有毒な煙を吸わないこと。それが目的です。

火災で亡くなる原因の多くは、炎ではなく煙です。ひと呼吸で意識を失うこともあります。

だから、優先順位はこうなります。

順位できること
最優先煙から離れる。煙を吸わない
ベスト避難器具を使って、自力で1階まで降りる
それが無理なら安全な位置で、消防隊の救助を待つ

「待つ」は、負けではありません

自力で降りられなかったとしても、それは失敗ではありません。

煙から離れた安全な場所にいて、消防隊を待つ。それでいいんです。

実際、消防隊はそのために来ます。手を振っている方に「隔て板を破ってください」と促すのも、まず煙から遠ざけるためです。隣のベランダに移るだけでも、状況はよくなります。

⚠️ 無理に降りようとしないでください

避難はしごや緩降機は、慣れていないと怖いものです。高さもあります。
降りられそうにないと思ったら、無理をしないでください。落ちるほうが危険です。煙から離れた場所で待つ——それが正しい判断になる場面は、たくさんあります。

避難ハッチと隔て板の前に、物を置かない

現場で見てきて、いちばん多い問題がこれです。

避難ハッチの上や、隔て板の前に、物が置かれています。

  • エアコンの室外機(これが最も多いです)
  • プランター、植木鉢
  • 物置、簡易物干し
  • 段ボール、季節物の荷物

避難のじゃまになる物は、消防の指導対象になります。実際、点検や立入検査で指摘されています。

室外機は、置いた本人に悪気がありません

エアコンを設置するとき、業者も住民も、そこが避難経路だと思っていないことがあります。ベランダの空いている場所に置いただけ、というケースです。

でも、避難ハッチの上に室外機があれば、そのハッチは使えません。隔て板の前にあれば、隣へ移れません。

エアコンを付けるとき、ベランダに物を置くときは、「ここは逃げ道ではないか」を一度考えてください。

訓練の日に、確認してほしい4つ

マンションによっては、自衛消防訓練が行われています。案内が来たら、ぜひ出てみてください。

そこで確認してほしいのは、この4つです。

1. そもそも、自分のマンションに避難器具はあるか

ここから始めてください。 ない建物もあります。なければ、逃げ道は階段だと理解しておく——それが正しい備えになります。

2. あるなら、自分の階のどこにあるか

全戸にはありません。自分の部屋から見て、どちらの方向に何軒先かを知っておいてください。

3. 隔て板は破っていい、と家族に伝える

知っているのが自分だけでは足りません。家にいる人全員が知っている必要があります。

4. 自分の家の隔て板は、どのタイプか

蹴破り式か、開閉式か。力の弱い家族がいる家庭ほど、これは大事です。

💡 訓練がないマンションなら|聞けば1分でわかります

管理会社や管理組合に「うちのマンションに避難器具はありますか。あるなら場所を教えてください」と聞くだけで構いません。
消防用設備の点検報告書に、避難器具の有無・種類・設置場所が記載されています。あるかないかは、そこで確実にわかります。

よくある質問

Q. 隔て板を破ったら、弁償しないといけませんか?

火災など、避難のために使ったのなら、その心配は不要です。 そのために付いている設備だからです。

破損したら管理会社や管理組合に連絡してください。交換は建物側で対応されます。遠慮して破らないほうが、はるかに危険です。

Q. 避難はしごの使い方がわかりません

ハッチのふたを開けると、はしごが自動で下の階まで降りるタイプが一般的です。多くの機種は、ふたを開けるとロックが外れて展開します。

ただし機種によって違いがあるので、訓練の機会に一度触っておくのがいちばん確実です。

なお、降りるときは必ず後ろ向きで、一段ずつ。慌てて前を向いて降りようとすると落ちます。

Q. 上の階から人が降りてくることはありますか?

あります。 避難ハッチは上下の階でつながっているため、上階の人が自分のベランダに降りてくることがあります。

だからこそ、ハッチの上だけでなく、ハッチの真下にも物を置かないでください。降りてきた人の足元がふさがれます。

Q. ベランダに逃げたあと、部屋に戻ってもいいですか?

煙が入っている部屋には戻らないでください。 貴重品や携帯を取りに戻って、そのまま出られなくなる事故が起きています。

ベランダにいるなら、そのまま煙から離れた位置で待つほうが安全です。

Q. マンションが高層階でも、避難器具はありますか?

高さによっては、はしごや緩降機が使えません。 高層階では、避難器具ではなく特別避難階段や、区画された安全な場所へ移動することが基本になります。

自分のマンションの構造は、マンションの防災の記事もあわせて読んでみてください。

まとめ|逃げ切れなくても、いい

ポイント要点
⭐⭐⭐最優先は、煙から離れて煙を吸わないこと。避難器具を使うことが目的ではない
⭐⭐⭐隔て板は破っていい。そのために付いている。弁償の心配は不要
⭐⭐⭐自力で降りられなくても失敗ではない。安全な位置で救助を待っていい
⭐⭐⭐そもそも避難器具がないマンションもある(収容人員30人未満などは設置義務なし)。まず有無を確認する
⭐⭐あっても全戸のベランダにはない(収容人員100人ごとに1個)
⭐⭐破れないこともある。力の弱い人には難しい。開閉式・ジッパー式もある
⭐⭐避難ハッチの上と真下、隔て板の前に物を置かない。エアコン室外機が最多
避難はしごは後ろ向きで、一段ずつ
自衛消防訓練で「有無・場所・破っていいこと・自分の家のタイプ」を確認する

火災のとき、ベランダで手を振ることになる人を減らしたいと思っています。

そのために必要なのは、特別な知識ではありません。「あの板は破っていい」「避難器具はあっちにある」——これだけです。

今日やること:まず、自分のマンションに避難器具があるかを確かめてください。管理会社に聞けば1分です。そのうえでベランダに出て、隔て板に書かれている文字を読み家族に「これは破っていいんだよ」と伝えてください

参考・出典

  • 消防法施行令第25条 ― 避難器具の設置基準(共同住宅は2階以上の階または地階で収容人員30人以上)および設置個数(収容人員100人ごとに1個、耐火建築物で避難階段が2以上ある場合は200人ごとに1個)に関する出典。
  • 消防法施行規則第26条 ― 避難器具の設置個数の減免および設置の免除に関する根拠(直通階段の構造など、条件を満たす場合は設置しなくてよい)。
  • 消防法施行規則 ― 避難器具の設置および維持に関する基準(操作面積・降下空間・開口部の確保)に関する根拠。
  • 東京消防庁 ― 避難および避難施設の管理に関する指導内容の出典。バルコニーの避難経路確保に関する啓発を含む。
  • バルコニー隔て板メーカー各社の製品資料 ― 隔て板が風圧に耐える強度を持つこと、小児や高齢者の力では蹴破りにくい場合があること、開閉式(約10kgfで開放可能)およびジッパー式など蹴破らないタイプが存在することに関する根拠。

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ケン
ケン

元消防士|消防・救助・救急・日勤 計15年の現場経験を持つ防災ライター。現場を知る人間にしか書けない、リアルで実用的な防災情報を発信しています。