車から出られなくなるとき|元消防士が教える、水没・火災・大雪の脱出判断
雨風をしのげて、鍵もかかる。だから車の中は安全だと感じます。でも車から出られなくなる状況が、はっきり3つあって、そのどれもで実際に人が亡くなっています。
① 水没|水圧で内側からドアは開きません(国土交通省)。2026年9月にも、福島県いわき市のアンダーパスで車2台が水没し1名が亡くなりました
② 車両火災|令和7年の車両火災は3,692件、死者87人。前年より17.6%増えています(消防庁)
③ 大雪の立ち往生|マフラーが雪で埋まると排気ガスが車内に逆流します。JAFの実験では22分で、放置すれば死に至る濃度に達しました
この記事では、消防歴15年の僕(ケン)が、この3つで何が起きるのか、どこで判断を間違えると出られなくなるのかを整理します。国土交通省・消防庁・JAFの資料と、現場で見たことをもとにしています。
まもる車の中って、むしろ安全な場所だと思っていました。
ケンそう思うよね。実際、雨風はしのげる。でも「出られなくなる」という一点だけは、建物より車のほうがずっと危ないんだ。水圧でドアが開かない、火が回るのが早い、雪で埋まると排気が逆流する。どれも、知らないと対処できない。
この記事でわかること
①水没|ドアは開かなくなる
台風やゲリラ豪雨のとき、いちばん多い「車の事故」が、冠水した道路への進入です。
「これくらいの水なら大丈夫だろう」——その油断が、毎年のように命を奪っています。
水深30cmでも、車は使えなくなる
JAF(日本自動車連盟)の実験では、こんな結果が出ています。
| 水深 | 起きること |
|---|---|
| 約30cm | 走り切れても、車内やエンジン内に水が入り、その後使えなくなる恐れ |
| 約60cm以上 | ドアを開けるのに、大人でも相当な力が必要になる(水圧で開かない) |
つまり、ひざ下くらいの水で、車は動けなくなり、そして出られなくなるということです。特にアンダーパス(線路や道路の下をくぐる、くぼんだ道)は、まわりより低いため水がたまりやすく、毎年のように水没事故が起きています。
ドアが開かなくなる仕組み
国土交通省は、はっきりこう書いています。
「水位が上昇すると、車外の水圧により、内側からドアを開けることはほぼ不可能となります」力が足りないのではなく、物理的に無理だということです。外から水に押さえつけられている状態なので、大人が本気で押しても動きません。
脱出の手順は、国が4段階で示しています
① 水位が低いうちに、ドアを開けて脱出する
ここがいちばん確実です。迷っている時間が、そのまま脱出の難易度になります。
② ドアが開かなければ、窓を開けて脱出する
電気系統が生きているうちなら、パワーウィンドウが動きます。
③ ドアも窓も開かなければ、脱出用ハンマーで窓を割る
ただし割れないガラスがあります(次の項目)。
④ それでも出られなくても、あきらめない
国交省は「浸水により内外の水位が同程度になると、ドアが開く可能性が高まります」としています。車内に水が入りきれば、内と外の圧力差がなくなるからです。
⚠️ フロントガラスは、ハンマーでも割れません
ここは知らない人が多いところです。
脱出用ハンマーが割れるのは、サイドガラスとリアガラスに使われる「強化ガラス」だけです。フロントガラスは合わせガラスという別の構造で、ハンマーでは割れません。しかも、一部の車種ではサイドガラスやリアガラスにも合わせガラスが使われています(国土交通省)。
つまり、いざというとき自分の車のどこが割れるのかを、先に知っておく必要があるということです。国交省は「購入する際は販売店に確認してください」と案内しています。
設備があっても、人は亡くなっています
2026年9月7日、福島県いわき市のアンダーパスが冠水し、車2台が水没して1名が亡くなりました。
この場所には、排水ポンプも、注意喚起の看板も、水位センサーもすべて設置されていました。それでも起きています。
冠水路は、そもそも進入しないのが大原則です。「水がたまった道は引き返す」。これだけで、車の水没事故のほとんどは防げます。脱出ハンマーは最後の手段であって、頼る前提のものではありません。
まもる30cmって、思ったより浅い…。それでもう車が使えなくなるんですね。
ケンそう。水は見た目より深いことも多いし、流れがあれば人も車も簡単に流される。「行けるかも」じゃなく「行かない」。現場の人間として、これは本当に守ってほしい。
②車両火災|消す道具は、積んでいない
令和7年の車両火災は3,692件。死者87人で、前年の74人から17.6%増えています(消防庁)。
出火原因でいちばん多いのは、放火でもたばこでもありません。排気管からの出火が654件(17.7%)と最多です。
走行中に燃えたら、消せません
ここは、現場に出ていた人間としてはっきり書いておきます。
走行中に排気管から出火した場合、そもそも消すための道具を積んでいません。消火器を車に載せている人は、ほとんどいません。仮に載せていたとしても、走行中の車の下やエンジンルームから出た火を、外から消し止められるかというと、現実的ではありません。
だから、やるべきことは消火ではなく、逃げることです。
① 安全な場所に停車する
② 車から離れる
③ 119番通報する
消そうとしない。この3つだけです。
ガソリンに引火すると、一気に燃え広がります
車にはガソリンが積まれています。そこに火が回ると、燃え方がまったく変わります。一気に燃え広がるので、近くにいること自体が危険になります。
「まだ小さい火だから」と車のそばで様子を見るのが、いちばん危ない。離れてください。
JAFも、はっきり書いています。
「一度外に避難したら、再び車に戻らないでください」荷物を取りに戻って巻き込まれる——これは火災の現場で繰り返されてきたことです。
まもる消火器があれば消せる、と思っていました…。
ケン建物の火災とは条件が違うんだ。車は燃料を積んだまま走っている。そして道路の真ん中では、消すための水も道具もない。「消す」じゃなく「離れて119番」。それが唯一の正解になる。
③大雪の立ち往生|マフラーが埋まると逆流する
雪国でなくても、近年は予想外の大雪で高速道路や幹線道路が止まり、車が何時間も立ち往生するニュースが増えました。
このとき、寒さ以上に怖いのが一酸化炭素(CO)中毒です。
マフラーが雪で埋まると、排気ガスが車内に逆流する
暖を取ろうとエンジンをかけたまま、車が雪に埋もれていく。すると、排気口(マフラー)がふさがれ、本来は外に出るはずの排気ガスが、車内に入り込んできます。
排気ガスに含まれる一酸化炭素は、無色・無臭です。気づかないまま意識を失うため、自分では対処できません。
JAFの実験では、車がボンネットの上まで雪に埋もれた状態でエンジンをかけると、16分で400ppm(偏頭痛が起きる程度)に達し、そこから急上昇して22分で測定上限の1000ppmになりました。1000ppmは、そのまま放置すれば死に至る濃度です。
別のJAFテスト(車の周囲をドアハンドルの高さまで雪で覆い、マフラーも埋めた状態)では、わずか1分24秒で警報値の50ppmに到達しています。酸素濃度も35分で13.2%まで下がりました。
実際に、亡くなった方がいます
2021年1月10日、石川県内灘町。60代の男性が、雪に埋まった車の中で一酸化炭素中毒により亡くなりました。 この大雪による死者2名のうちの1名として、石川県の被害報に記録されています。
「エンジンをかけたまま、暖を取る」。それだけのことで、人は死にます。
立ち往生したときの正しい行動
- エンジンは原則切る。暖房のためにかけ続けない
- どうしてもかけるなら、こまめにマフラー周りの雪をかき出す
- 窓を少し開けて換気する
- 毛布・寝袋・カイロで「エンジンに頼らず暖を取る」備えを車に積んでおく
スコップがあるかどうかで、結果が変わります
同じJAFの実験で、マフラー周りの雪を取り除いた車では、一酸化炭素はほとんど検知されませんでした。
22分で死に至る濃度に達する車と、ほとんど上がらない車。その差は、マフラーを掘り出せたかどうかだけです。
素手や靴で雪をかくのは、現実的ではありません。吹雪の中、何度も掘り直すことになります。
車載できる折りたたみ式のスコップで十分です。毛布やカイロより先に、これを積んでください。暖を取る道具ではなく、生きるための道具です。
脱出用ハンマーの選び方
水没でも車両火災でも、「窓を割って出る」場面があります。そのための道具が脱出用ハンマーです。
3つの種類があります
国土交通省は、脱出用ハンマーを次の3種類に分けています。
| 種類 | 使い方 |
|---|---|
| 金づちタイプ | 金づちのように握り、先端で窓を叩き割る |
| ピックタイプ | アイスピックのように握り、窓に叩きつける |
| ポンチタイプ | 先端を窓に押し当てると、自動で先端が飛び出して割る |
現場の感覚では、ポンチタイプを勧めます
車内は狭く、振りかぶるスペースがありません。まして水が入ってきている、横転している、シートベルトが外れない——そんな状態で金づちを振り回すのは現実的ではありません。押し当てるだけで作動するポンチタイプが、いちばん確実です。
選ぶときの基準(国土交通省)
① JISマーク(JIS D 5716)か GSマーク が付いているもの
自動車用緊急脱出支援用具の規格に適合した製品に付きます。販売店が推奨する製品でも構いません。
② 突起部分にキャップが付いているもの
保管中の安全のためです。
③ 価格は3千円未満が目安
国交省も「3千円未満程度で入手することが可能」としています。高価なものを選ぶ必要はありません。
国交省は、こう書いています。
「命綱」として、1台に1本、備え付けをお願いします役所の文書で「命綱」という言葉が使われるのは、めずらしいことです。
置き場所も、先に決めておく
買っただけでは意味がありません。取り出せなければ、積んでいないのと同じです。
- シートベルトが外れなくても手が届く場所に置く
- 走行中の振動で床に転がらない場所にしっかり収納する
- 国交省が挙げている例:ドアポケット、アシストグリップ、コンソールボックス
- 小さな子どもの手が届かないよう注意する
まもるグローブボックスに入れておけばいいと思っていました。
ケン水が入ってきている状況で、助手席まで身を乗り出せるかな。シートベルトを外せないまま手が届くか——そこで置き場所を決めてほしい。買った日に、座ったまま手を伸ばして確かめるといい。
まとめ|出られなくなる前に判断する
| 場面 | やってはいけないこと | 正しい行動 |
|---|---|---|
| 大雨・台風 | 冠水路に進入する | 水がたまった道は引き返す |
| 水没した | 慌ててドアを押し続ける | 水位が低いうちに出る/窓を割る/最後まであきらめない |
| 車が燃えた | 消そうとする・戻る | 停車して離れ、119番 |
| 大雪で立ち往生 | エンジンをかけたまま過ごす | エンジンを切る/マフラー周りを掘る |
3つに共通しているのは、判断が遅れるほど選択肢がなくなることです。
水は、水位が低いうちならドアが開きます。火は、離れていれば巻き込まれません。雪は、掘り出せれば排気が逆流しません。どれも、早い段階なら助かる方法があります。
逆に、「もう少し様子を見よう」と車内にとどまった結果、出られなくなる。実際に亡くなった方々は、特別に無謀だったわけではありません。
今日やること:車に脱出用ハンマーが積んであるか確認してください。なければ3千円未満で買えます。買ったら、運転席に座ったまま手を伸ばして届くかを試してください。冬に雪の降る地域なら、折りたたみスコップも一緒に。
参考・出典
- 国土交通省「水没時における脱出用ハンマー使用方法の注意点について」(別紙1) ― 水圧でドアが開かないこと、脱出手順4段階、合わせガラスは割れないこと、ハンマーの種類・選び方・保管場所の出典。
- 国土交通省 道路局 事務連絡「アンダーパスにおける冠水事故の発生について」(令和8年9月7日) ― 福島県いわき市での水没事故の出典。
- 消防庁「令和7年(1月~12月)における火災の概要(概数)」(2026年5月28日公表) ― 車両火災3,692件・死者87人・出火原因の内訳の出典。
- JAF(日本自動車連盟)「冠水路走行テスト」「水深何cmまでドアは開くのか」 ― 冠水時の車の危険性に関する実験データ。
- JAF(日本自動車連盟)「クルマが雪で埋まった場合、CO中毒に注意」 ― 立ち往生時の一酸化炭素中毒に関する実験データ(16分で400ppm、22分で1000ppm、除雪した場合の比較)。
- JAF「もし運転中に車両火災が発生したら?」 ― 車両火災時の行動、「一度外に避難したら再び車に戻らない」の出典。
- 石川県「大雪等による被害の状況について(第13報)」(令和3年1月22日) ― 内灘町での一酸化炭素中毒による死亡事例の出典。
