車の防災|元消防士が教える「避難先にも凶器にもなる車」の正しい備えと車中泊の注意点
地震や台風のとき、車があると心強く感じます。エアコンが効き、雨風をしのげ、いざとなれば移動もできる——。でも、その安心感が、ときに命取りになることがあります。
冠水した道路への進入、大雪での立ち往生、車中泊によるエコノミークラス症候群。災害で亡くなった方のなかには、「車があったこと」がきっかけになったケースが少なくありません。
この記事では、消防歴15年の僕(ケン)が、JAFや厚生労働省などの公的な情報をもとに、災害時に車とどう付き合えばいいかを、できるだけやさしく整理します。
まもる 車があれば、いざというとき避難に使えるし安心ですよね?
ケン 心強いのは確かだね。でも「車だから安全」と思い込むと危ない。災害の現場では、車があったせいで逃げ遅れたり、体調を崩したりする人も見てきた。車は便利だけど、使い方を間違えると命にかかわる——そこをちゃんと知っておこう。
この記事でわかること
車は「避難先」にも「凶器」にもなる
まず、いちばん大事な考え方からお伝えします。
災害時の車には、はっきりと2つの顔があります。
- 頼れる面:プライバシーが保て、冷暖房が使え、移動もできる。避難所が苦手な人や、ペット・乳幼児がいる家庭にとっては、車中泊避難が現実的な選択肢になる
- 危険な面:水に弱く、雪に閉じ込められ、狭い空間に長時間いると体を壊す。そして「車で逃げよう」と道路に出たことで、渋滞に巻き込まれて逃げ遅れる
国(内閣府)も、避難所の混雑を避ける「分散避難」のひとつとして車中泊避難に触れていますが、同時に健康面のリスクへの注意も呼びかけています。
車は「正しく恐れて、賢く使う」もの。水・雪・閉じ込めという3つの弱点を知ったうえで使えば、心強い味方になります。逆に、ここを知らないまま頼ると、車が命を脅かす側に回ってしまいます。
危険①|冠水した道路に、絶対に入らない
台風やゲリラ豪雨のとき、いちばん多い「車の事故」が、冠水した道路への進入です。
「これくらいの水なら大丈夫だろう」——その油断が、毎年のように命を奪っています。
水深30cmでも、車は使えなくなる
JAF(日本自動車連盟)の実験では、こんな結果が出ています。
| 水深 | 起きること |
|---|---|
| 約30cm | 走り切れても、車内やエンジン内に水が入り、その後使えなくなる恐れ |
| 約60cm以上 | ドアを開けるのに、大人でも相当な力が必要になる(水圧で開かない) |
つまり、ひざ下くらいの水でも、車は「動く棺桶」になりかねないということです。特にアンダーパス(線路や道路の下をくぐる、くぼんだ道)は、まわりより低いため水がたまりやすく、毎年のように水没事故が起きています。
もし水に閉じ込められたら
エンジンが止まり、ドアも開かない——。このとき、パワーウィンドウ(電動の窓)も動かなくなることがあります。
そんなときの最後の頼みが、緊急脱出用ハンマーです。窓ガラスの角をたたいて割り、シートベルトカッターでベルトを切って脱出します。運転席から手の届く場所に、必ず置いておいてください。
冠水路は、そもそも進入しないのが大原則です。「水がたまった道は引き返す」。これだけで、車の水没事故のほとんどは防げます。脱出ハンマーは「万が一の最後の手段」であって、頼る前提のものではありません。
まもる 30cmって、思ったより浅い…。それでもう車が使えなくなるんですね。
ケン そう。水は見た目より深いことも多いし、流れがあれば人も車も簡単に流される。「行けるかも」じゃなく「行かない」。現場の人間として、これは本当に守ってほしい。
危険②|大雪の立ち往生と一酸化炭素中毒
雪国でなくても、近年は予想外の大雪で高速道路や幹線道路が止まり、車が何時間も立ち往生するニュースが増えました。
このとき、寒さ以上に怖いのが一酸化炭素(CO)中毒です。
マフラーが雪で埋まると、排気ガスが車内に逆流する
暖を取ろうとエンジンをかけたまま、車が雪に埋もれていく。すると、排気口(マフラー)がふさがれ、本来は外に出るはずの排気ガスが、車内に入り込んできます。
排気ガスに含まれる一酸化炭素は、無色・無臭。気づかないうちに体をむしばみ、最悪の場合は命を落とします。
JAFの実験では、車がボンネットの上まで雪に埋もれた状態でエンジンをかけると、わずか16分で頭痛が起きるレベル、22分で失神するレベルまで車内の一酸化炭素濃度が上がりました。
立ち往生したときの正しい行動
- エンジンは原則切る。暖房のためにかけ続けない
- どうしてもかけるなら、こまめにマフラー周りの雪をかき出す
- 窓を少し開けて換気する
- 毛布・寝袋・カイロで「エンジンに頼らず暖を取る」備えを車に積んでおく
JAFの実験では、マフラー周りの雪を取り除いておけば、車内の一酸化炭素はほとんど上がらないという結果も出ています。「除雪用の小さなスコップ」を冬場は積んでおくと安心です。
車中泊避難の落とし穴|エコノミークラス症候群
避難所が混雑していたり、プライバシーを保ちたかったり。災害時に車中泊を選ぶ人は、とても多いです。
2016年の熊本地震では、避難を経験した人の約7割が車中泊を経験したという調査もあります。
でも、ここに大きな落とし穴があります。エコノミークラス症候群です。
狭い座席で動かずにいると、血のかたまりができる
エコノミークラス症候群(正式には「静脈血栓塞栓症」)とは、長時間、足を動かさずに座っていると、足の血管に血のかたまり(血栓)ができ、それが肺に飛んで命にかかわる病気です。
熊本地震では、災害関連で亡くなった方のなかに、車中泊を経験していた方が少なからずいたと報告されており、厚生労働省も繰り返し注意を呼びかけています。
厚生労働省がすすめる予防法
厚生労働省は、車中泊や避難生活での予防として、次のことをすすめています。
- こまめに水分をとる(トイレを我慢して水分を控えるのが、いちばん危ない)
- ときどき足を動かす(足の指でグーをつくる、かかとを上下に動かす、ふくらはぎを軽くもむ)
- ゆったりした服装で、ベルトをきつく締めない
- アルコールを控える
- 寝るときは、足を少し高くする
「トイレに行きたくないから」と水分を我慢するのは、エコノミークラス症候群のいちばんの原因です。車に携帯トイレを備えておけば、トイレを気にせず水分がとれます。これが、命を守ることに直結します。
まもる 車中泊って、ただ車で寝るだけだと思ってました…。体にそんな負担があるんですね。
ケン そう。だから車中泊するなら「足を伸ばして寝られる工夫」と「水分・トイレ・運動」をセットで考えてほしい。シートを倒してフラットにする、足元に荷物を置かない。それだけでもずいぶん違うよ。
車に積んでおきたい「車載防災」リスト
ここまでの危険を踏まえて、車に常備しておきたいものをまとめます。家の防災リュックとは別に、「車にも最低限を」が基本です。
① 命を守る・脱出する
- 緊急脱出ハンマー(シートベルトカッター付き):水没・事故時の脱出用。運転席の手の届く場所に
- 懐中電灯・ヘッドライト:夜間のトラブル対応に
- 三角表示板・発炎筒:後続車への合図(高速での停止時は必須)
② 立ち往生・車中泊に備える
- モバイルバッテリー:スマホの充電を切らさない最低限の備え
- ポータブル電源:車中泊で冷暖房小物やスマホを長時間使うなら心強い
- 毛布・寝袋・カイロ:エンジンに頼らず暖を取るため(冬の立ち往生対策)
- 携帯トイレ:水分を我慢しないために(前述)
- 飲料水・保存食:渋滞・立ち往生で動けないときのために
電源まわりは、停電対策とも共通します。容量の選び方は停電対策の記事で詳しく解説しています。
③ 夏の車中泊・暑さ対策
夏の車中泊は、熱中症の危険があります。エンジン(エアコン)をつけっぱなしにできない状況では、いかに体を冷やすかが課題です。
- 保冷剤・クーラーボックス:首や脇を冷やす。飲み物を冷たく保つ
- サンシェード・遮光カーテン:直射日光で車内が高温になるのを防ぐ
- 小型扇風機(電池・USB式):空気を動かすだけでも体感はかなり変わる
車内は、夏は灼熱・冬は極寒になります。エンジンに頼らず、体温を保つ・冷やす備えを持っておくことが、車中泊避難の安全を大きく左右します。
まとめ|車は「正しく恐れて、賢く使う」
| 場面 | やってはいけないこと | 正しい行動 |
|---|---|---|
| 大雨・台風 | 冠水路に進入する | 水がたまった道は引き返す |
| 水没・閉じ込め | 慌ててドアを押し続ける | 脱出ハンマーで窓を割って出る |
| 大雪の立ち往生 | エンジンをかけたまま放置 | エンジンを切る/マフラー周りを除雪 |
| 車中泊 | 動かず・水分を控える | 足を動かす・水分・携帯トイレ |
車は、災害時の心強い味方になります。でも、その力を安全に引き出せるのは、「水・雪・閉じ込め」という弱点を知っている人だけです。
今日やること:車のなかを一度見回して、「脱出ハンマー」「モバイルバッテリー」「携帯トイレ」があるか確認してみましょう。なければ、まずこの3つから。それだけで、車はぐっと安全な避難先に近づきます。
参考・出典
- JAF(日本自動車連盟)「冠水路走行テスト」「水深何cmまでドアは開くのか」 ― 冠水時の車の危険性に関する実験データ。
- JAF(日本自動車連盟)「クルマが雪で埋まった場合、CO中毒に注意」 ― 立ち往生時の一酸化炭素中毒に関する実験データ。
- 厚生労働省「エコノミークラス症候群の予防のために」 ― 車中泊・避難生活での予防法の根拠。
- 内閣府 防災情報のページ ― 分散避難・車中泊避難の位置づけと注意点。